『自社の人事評価制度を再考する②』
〜評価の目的を実現するために取り組むべきこと〜
多田国際コンサルティング株式会社
フェロー 佐伯克志
前回は、人事評価の目的を特定し、これを実現するために必要な仕組みを整備しましょう。という
お話でした。今回は、「評価者の評価能力」について皆さんと考えていきたいと思います。
1.人事評価は、期待通りに行われているか
皆さんの会社では、人事評価は期待通りに行われていますか。期待通りに行われていない場合は、
どのような点が期待通りではないのでしょうか。
例えば、ある評価者は甘く評価する傾向があり、別の評価者は厳しく評価する傾向があるといった
「評価の偏り」でしょうか。それとも同じ評価の項目であっても、評価者により解釈が異なる「解釈
の違い」でしょうか。あるいは、評価よりも仕事を優先するために「おざなりの評価」になっている
ことでしょうか。
それでは、皆さんの会社では評価者を支援するためにどのような取組みを行っていますか。「評価
者に対する支援(10項目)」(図表1)のうち、自社において実施している項目について「◯」をつ
けてください。
図表1.評価者に対する支援(10項目)
いくつ「◯」をつけることができましたか。1〜3個といった企業が多いのではないでしょうか。
私どもは、人事評価を含む人事制度の設計と運用をご支援させていただく場合、図表1に示した内容
のほとんどについてご提案させていただきます。結果的に全てを採用、継続的に実施していただく場
合もあれば、人事制度の特性や企業文化、利用可能な経営資源などを考慮して、半数以下となってし
まう場合もあります。
これまでの経験から、より多くの「評価者に対する支援」を採用していただいているクライアント
ほど、人事部門の「評価結果」に対する信頼度が高く、評価者の「評価に対する主体性」が高くなる
傾向があります。
2.評価者に求める能力とは
先ほどから、「評価者の評価能力」と表現していますが、評価にはどのような知識や能力が必要な
のでしょうか。評価の一般的なプロセスを通して、評価に必要な知識や能力について確認しましょう
(図表2)。
図表2.評価プロセスと実施事項等
①評価項目等への理解
評価を行うには、そもそも評価項目や評価基準に対する理解が必要です。「この評価項目は、社
員に対して何を求めている」のか。「具体的にどのような行動や成果が発揮される・されない場合
にどの評語(AやBといった評価の際に使用する記号)を選択すべきなのか」といったことです。
さらに、評価のプロセスやルール、特に評価における自分の役割について理解しておく必要があ
ります。
②評価に必要な情報の収集
評価を行うに当たっては、上記のような評価の前提を理解した上で、評価の根拠となる情報を収
集するために、観察によって評価対象期間の部下の行動や成果を収集し、記録する必要がありま
す。日々の業務における成功や失敗はもちろん、任せられることは何か、逆にチェックやサポート
が必要なのは、どのような仕事がといったことです。
当然ですが、上司としては、評価に関係なく、できなかったことができるようになれば賞賛し、
失敗したら必要な指摘を行わなければなりません。その際に、なぜ失敗したのか。そして再び失敗
しないためにはどういった行動が必要なのか。反対に、できなかったことができるようになった場
合においても、継続してできるようになるため、あるいは他のこともできるようになるためには何
をすれば良いか。といった事を部下と共に考え、これらを評価に活用するために記録をとっておき
ます。
③評価
評価期間内で収集した情報を分類整理し、そこから評価項目にあった情報を選択。これを使い評
価の基準に基づいて評価します。評価にあたっては、評価表などへの記載方法はもちろん、自分の
評価の傾向(癖)を理解し、これを修正しつつ評価することが必要です。
④上位評価者への説明
評価者は、上位評価者や評価を取りまとめる部門に対して、自分の行った評価について報告する
必要があります。
⑤(人材育成型の)フィードバック
評価結果を本人に返すいわゆる「フィードバック」を行う企業が増えています。フィードバック
は、評価の透明性を高めるために設けられる場合がありますが、人材育成のために活用する方が組
織にとってより有意義です。
評価の透明性を高めるためのフィードバックにおいては、「④上位評価者への説明」で確認した
ように、自分の行った評価について、被評価者に対して説明する必要があります。
人材育成のためのフィードバックを行う場合は、部下の今後、組織の今後を見据えてどの行動や
能力を高めるべきかを選択し、部下の信頼を得ながら行動の改善や能力の向上のために必要な指摘
を行い、具体的なアクションプランづくりを上司として支援する必要があります。
以上のように、人事評価の作業は「人事評価に関するマニュアル」を配布し、これを片手に行う
ほど簡単なものではなく、様々な知識や能力、情報が必要なのです。
それでは、人事部門は、評価者に対してこうした能力をどのようにして身につけさせるのでしょ
うか。
3.評価能力を高めるための3つのキーワード
評価者の評価能力を高めるためのキーワードは、「説明責任」「尊重」「情報共有」の3つです。
図表1の項目の多くがこのキーワードに関連したものとなっています。それぞれについてご説明しま
す。
①評価能力を高めるためのキーワードその1:「説明責任」
評価者に対して求めるべきは「(自分の評価に対する)説明責任」です。評価に当たっては、
「解釈」が必要です。このため、誰が評価してもいつも同じ結果が出るというのは、現実的には非
常に難しいのです。
そこで、評価プロセスにおいて「なぜその評価としたのか」を評価者本人が説明するということ
を重視することで、できるだけ「根拠に基づく評価」を意識させるのです。
そこで、一次評価、二次評価といった複数の段階で評価する場合には、下位の評価者から上位の
評価者に対して、自らの評価について説明する機会を設けます。
評価について説明させる際に注意しなければならないのは、説明を否定しないことです。もちろ
ん、行動事実に基づかない、あるいは明らかに誤った評価であれば、その点を指摘する必要があり
ますが、「評価の判断には多少の差異はつきものだ」という前提で、「評価の説明を通して、評価
の精度を高める方向に向かわせる」のです。
②評価能力を高めるためのキーワードその2:「尊重」
皆さんが評価者であったとして、自分の評価について、何の説明もなく大きく書き換えられてい
たら。そしてそのような状況が頻発したらどう思いますか。
確かに、下位の評価者の評価が高くても、最終的な評価において全社的に相対化された結果、高
い評価とならないということは考えられます。しかし、こうした相対化のプロセスとは関係なく、
人事部門や上位評価者が、下位評価者への説明なく評価を大きく書き換えるケースがあります。こ
うした行為が、評価者に対して「自分が懸命に評価しても無意味」と考えるようになることを促
し、精度の低い評価をするようになるのです。
被評価者のことを最も身近で観察しているのは、直属の上司である下位評価者です。上位評価者
や人事部門は、日頃から全ての社員の行動を観察しているわけではありませんから、むしろイメー
ジ評価の傾向が強いと言えます。
上位評価者は、下位評価者の評価を「尊重」しつつ、下位評価者の評価の傾向(癖)を改善して
いくという取組みが必要です。
③評価能力を高めるためのキーワードその3:「情報提供」
人事部門は、全社の人事評価の結果を見る立場にあるため、誰がどのような評価の傾向(癖)を
持っているかを認識することができます。しかし評価者、特に一次評価者は、自分以外の評価を見
る機会がなく、自分の評価の傾向(癖)を認識することができません。
評価の際に使用する「評価表」などへのコメントの記入やフィードバックについても同じことが
言えます。つまり、自分の評価に関する問題点や改善点を識別するチャンスもなければ、改善のた
めに何をすれば良いのか、何に注意しなければならないのかのアドバイスを受けることも、参考と
なる事例を知ることもないのです。これでは、評価において必要な能力を身につけることができ
ず、評価者にとっても「評価はよくわからない。難しいもの」になってしまいます。
人事部門は、全社、等級、部門別に評価結果を集計して評価の傾向に関する情報を評価者に提供
することにより、評価者が自分の実施した評価と全社や部門別の傾向を比較することで、自分の評
価を振返り、評価の傾向(癖)を認識する機会を提供することが可能です。あるいは、「評価表」
に記入する評価者のコメントについても、推奨する記入例を評価者に提供することで、「真似る」
という行為を通して、精度を高めることになります。
さらに望ましいのは、評価者の横のつながりです。評価者が集まって評価について振り返る機会
を設けることで評価者の横のつながりの形成を促します。評価に関する悩みや苦労、フィードバッ
クの成功体験といったノウハウを共有することが、評価者の能力を高めることにつながるのです。
4.人事制度の成功は評価者の評価にかかっている
多くの企業が、人事制度の整備にあたり、人事部門を中心とした全社プロジェクトとして私どもの
ような外部の専門家と契約するなど、膨大なコストをかけてより良いものを整備しようとします。
しかし、運用に入ると社内プロジェクトは解散し、人事部門を中心としたルーティン業務として
淡々と人事評価が行われ、新任の評価者に対する研修すら実施しない企業も少なくありません。
たまに、「人事制度を導入したが期待した成果が出ていない。」「運用が上手くいっていない。」
ということでご相談をいただくことがありますが、多くが評価の運用に力を入れていないことが原因
です。
つまり、人事制度の成否は、制度の整備はもちろんですが、運用による影響も非常に大きいので
す。そして、運用の中核を担うのが評価であり、評価者なのです。
次回は、「評価結果の人材育成への活用」について皆さんと一緒に考えたいと思います。
多田国際コンサルティング株式会社では、人事制度や人材育成等に関する制度の設計・運用について
様々な支援を行っております。お気軽にご相談ください。
以 上