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2024.09.02

メンタルヘルス対策は経営課題!戦略的にメンタルヘルス対策を推進するには

多田国際コンサルティング株式会社
講師兼カウンセラー
北川 佳寿美

従業員のメンタルヘルス対策に取り組む企業は、50人以上の事業所では90%を超えており1)、法制化されたストレスチェック制度をはじめ、皆さんの組織でも何らかの対策を講じているのではないでしょうか。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をきっかけに、リモートワークが強く推奨され、これまでの働き方改革によるIT化や労働時間の柔軟化なども急速に進み働き方が大きく変化しました。また、従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践する「健康経営」においても、メンタルヘルス対策は重要項目の1つとなっており、従業員の心の健康への支援はもはや避けては通れない経営課題といえます。皆さんの組織では、メンタルヘルス対策を経営課題として戦略的に推進できているでしょうか?本記事では、経営課題として戦略的にメンタルヘルスに取り組むポイントとして、ポジティブメンタルヘルスについて解説します。

<目次>――――――――――――――――

  • メンタルヘルス対策の新しい流れ
  • ポジティブメンタルヘルスで経営層を巻き込む
  • 戦略的に取り組む「共通言語」としてのポジティブメンタルヘルス

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1.メンタルヘルス対策の新しい流れ

企業は、労働者が職場で安全・健康に働くことができるよう、適切に労働環境を整えていく必要があります。根拠となる法律には、労働基準法をはじめ、労働契約法や労働安全衛生法などがありますが、メンタルヘルス対策に関しては「労働者の心の健康の保持増進に関する指針」(以下、メンタルヘルス指針)で、原則的な実施方法を定めています。職場のメンタルヘルス指針では、メンタルヘルスの活動を「4つのケア」と呼んでいます。また、予防の段階として一次予防から三次予防を円滑に行うこととされています。

従来のメンタルヘルス対策は「不調者をいかに防ぐか」「不調者への対応や対策」に主眼が置かれていました。もちろん、不調者の個別対策は重要です。しかし、メンタルヘルス対策は、不調者の個別対応だけでなく、働く人が心身ともに健康でいきいきと働くことが重要であるとの考え方が主流となっています。その有効な手段としてポジティブメンタルヘルスが注目されています2)3)

ポジティブメンタルヘルスとは、メンタルヘルス不調の予防と対応やストレスの改善に留まらず、働く人のポジティブな気持ちや感情を重視する考え方で、2010年頃から関心が高まっています。具体的には「仕事でのポジティブな気持ち(ワーク・エンゲイジメント)」「仕事のやりがいと達成感」「職務満足度」の3種類があるとされています2)。これまでのメンタルヘルス対策はマイナスをゼロにするという考え方でしたが、ポジティブメンタルヘルスの考え方は、従業員や組織(職場)の強みを活かして、よりプラスを目指していくもので、働く人が心身ともに健康な状態でいきいきと働き、それが好循環を生んで生産性向上や組織活性化につなげることを目指しています2)。これは、個人の健康と組織の健康をつなげる重要な概念であるといえます。

2.ポジティブメンタルヘルスで経営層を巻き込む

メンタルヘルス対策の進め方でよく見られるのは、健康管理部門の産業保健スタッフだけが熱心に取り組んでいたり、人事労務部門でメンタルヘルスに熱心な担当者が孤軍奮闘していたりと、組織全体で取り組めているとは言えない状況です。このような取り組み方によって、担当者が異動すると対応が滞ってしまったり、専門職だけが取り組むのがメンタルヘルス対策であるという間違った認識が組織の中に醸成されてしまったりしていることが少なくありません。

メンタルヘルス対策を戦略的に進めるためには、組織全体で取り組むことが重要です。そのためには、まずメンタルヘルス対策が組織の重要な課題であることを経営層に認識してもらわなければなりません。メンタルヘルス対策に限らず、組織内で何らかの取り組みを行う際、経営層は取り組みのメリットを重視します。このとき、従来のメンタルヘルス対策で「不調者をいかに防ぐか」「不調者への対応や対策」を主眼にするのではなく、従業員の心身の健康度が組織の「生産性向上」につながるポジティブメンタルヘルスの考え方を取り入れることで、メンタルヘルス対策が重要な経営課題の1つであることを認識してもらうことができます4)

また、最初に述べたように、メンタルヘルス対策は基本的な法律に基づいた取り組みであり、メンタルヘルス指針に沿った対策の実施が基本です。経営層には、ポジティブメンタルヘルスの考え方である「生産性の向上」と「法令順守」の2つの視点で、組織全体として取り組まなければならない経営課題であることを十分に説明する必要があります。

3.戦略的に取り組む「共通言語」としてのポジティブメンタルヘルス

 メンタルヘルス対策が経営課題であるならば、さまざまな部門が緊密に連携して戦略的に取り組んでいくことが必要になります。昨今のメンタルヘルスの問題は、仕事の量や質の負荷によるストレスや心身の不調だけでなく、コミュニケーションやマネジメント、ハラスメント、コンプライアンスなど多くの問題が複雑に絡み合っています5)。そのため、対策を推進していくために求められるスキルや経験、知識が多様化・高度化しています。従業員が心身ともに健康な状態でいきいきと働き、それが好循環を生んで生産性向上や組織活性化につながるポジティブメンタルヘルスの考え方は、経営層をはじめ、人事労務や産業保健だけでなく、経営戦略、組織開発、人材育成、法務など、さまざまな部門の関係者が目標とする「共通言語」になりうるのではないかと考えています。

2023年のG7倉敷労働雇用大臣会合において「職場における健康とウェルビーイングを促進することは、労働者の健康を増進するのみならず、生産性の向上やディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)にもつながるなど、更なる経済的利益をもたらすことが可能である」と記されています。これは、組織における利益創出と従業員の心身の健康がトレードオフとなるのではなく、組織における利益創出も従業員の心身の健康も可能にすることが求められていることとも言えるのではないでしょうか。ポジティブメンタルヘルスという「共通言語」のもと、経営層が経営方針を明示し、幅広いメンバーによるメンタルヘルス対策の推進体制を整えることが望まれます。

   

参考文献――――――――――――――――

1)厚生労働省 令和4年「労働安全衛生調査(実態調査)」
2)川上憲人; 小林由佳. ポジティブメンタルヘルス—いきいき職場づくりへのアプローチ
  培風館,2015.
3)島津明人編者. 職場のポジティブメンタルヘルス4:ウィズ/ポストコロナでいきいき働く工夫
  誠信書房 2024.
4)川上憲人. 基礎からはじめる職場のメンタルヘルス: 事例で学ぶ考え方と実践ポイント
  大修館書店, 2021.
5)小林由佳. 職場のポジティブメンタルヘルス: 個人と組織の well-being を高めるアプローチ
  情報の科学と技術, 2017, 67.3: 123-127.

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