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2024.07.26

『自社の人事評価制度を再考する①』〜評価の目的を実現するために取り組むべきこと〜

多田国際コンサルティング株式会社
フェロー 佐伯克志


 人事評価の時期になると、管理職の皆さんは、「また人事評価の時期か」ということで、前回の人事評価表を引っ張り出して、これをベースに新しい人事評価表を作成してはいませんか。あるいは、人事部門の皆さんは、「A部長の評価は、相変わらず厳しいな」と言いながら、一方的に評価を書きかえてはいませんか。毎年多くの企業でこうした行為が繰り返されているのではないでしょうか。

人事制度の成否は「人事評価」にあり、どんなに優れた人事制度を構築しても、運用がうまくいかなければ目的を達成することはできません。そして、人事評価は「多くの人の時間を使う=膨大なコストを費やしている」ことを忘れてはいけません。

しかし、現実には人事評価がセレモニー化し、「やることに意味がある」という状況に陥っている管理職や人事部門も少なくありません。

そこで、複数回にわたり、皆さんと一緒に人事評価について再考していきます。第1回目は、人事評価の目的とこれを実現するために取り組むべきことについて取り上げます。

1.貴社の人事評価の目的は何か

 まず、貴社の人事評価について、以下の2つの質問にお答えください(図表1)。

①貴社の人事評価の目的は何か。

②上記の目的を達成するために、どのようなことを意識して評価基準、評価プロセスを設計し、運用しているのか。

図表1.貴社の人事評価の目的と整備、運用における留意点(整理用シート)

貴社の人事評価の目的貴社の人事評価の整備、運用における留意点
             


 

一般的な人事評価の目的としては、「(賞与や昇給の)査定」「(昇進、役職登用、昇格の)アセスメント」「人材育成」の3つがあります。これらを達成するために整備、運用において留意すべき点について確認していきましょう。

その前に、人事評価の根幹となる「公平性」について確認しておきます。

2.人事評価における公平性とは何か

 多くのクライアントから「公平性の高い評価制度を整備したい」というご要望をいただきます。また、新人事制度に関する社員説明会の場でも、社員の皆さんから「評価の公平性」についてご質問やご要望をいただくことがあります。

 皆さん、「評価における公平性」とは具体的にどのようなことでしょうか。「誰が評価者になっても同じ評価結果となること」でしょうか。それとも「CさんとDさんとを比較して公平である」ということでしょうか。

 人事評価において公平性は重要であり、そのために、評価基準や評価プロセスを工夫し、評価者に対してトレーニングを行うことで「誰が評価者になっても同じ評価結果となる」状態に近づけていく必要があります。しかし、部門や担当業務といった評価される側の状況が同一でないことから、特に「社員相互の比較における公平性」にはどうしても限界があります。

 評価を受ける社員が求めているのは、本当に「公平性」なのでしょうか。筆者は、評価を受ける社員が求めているのは評価に対する「納得感」であり、そのための要素の一つが「公平性」であると考えています。そこで、「納得感」を高めることを意識して人事評価制度を整備し、運用することをお勧めしています。この「納得感」を高めるには、公平性を実現するためのルールの整備に加え、上司(評価者)と部下(被評価者)との信頼関係をもとに、評価者が「説明責任を果たすこと」が重要となります。

図表2.人事評価において重視すべき事項と実現のための留意点

実現すべき 事項公平性納得感
留意点・ルールや基準の明確化 ・ルール・基準・プロセスの公開 ・偏りや誤りの排除 ・フィードバック ・参加とコミュニケーションの機会・ルールや基準の明確化 ・ルール・基準・プロセスの公開 ・偏りや誤りの排除 ・フィードバック ・論理的な説明と理由づけ ・参加とコミュニケーションの機会 ・個別の状況や背景の考慮 ・評価者と被評価者の信頼

 それでは、「人事評価の目的」毎に「整備、運用における留意点」について確認していきましょう。

3.査定における留意点

「賞与」や「昇給(基本給)」の査定に当たっては、これらが社員の何に対して報いるもの(支給理由)であるのかを明確にする必要があります。

例えば、賞与は「仕事上の成果(結果)に対して報いる」ということであれば、評価項目は「業績等の結果指標」となります。そして、昇給(基本給)は、「(成果を実現するための源泉となる)能力や行動等に対して報いる」のであれば、評価対象は「特定期間における会社の求める行動の実行や発揮能力」となります。

 査定を適切に行うには、賞与や基本給の支給理由を明確にし、これらを査定するために最適な評価項目を選定した上で、上司(評価者)と部下(被評価者)の双方がこれらのことを理解して、評価に取り組む必要があります。

これにより「賞与」や「昇給」が、部下(被評価者)のどのような活動の結果であるのか。今後「賞与」や「昇給(基本給)」を高めていくためには、具体的にどのようなことに取り組む必要があるのかを上司(評価者)と部下(被評価者)が共に考えやすくすることにより、納得感を高めていくのです。

4.アセスメントにおける留意点

昇格や昇進、役職登用のためのアセスメントとして利用する場合には、「どのような状況になれば、上位等級や役職への就任の候補者となるのか」という基準を明確にする必要があります。

 ここでいう基準とは、例えば、総合評価がA以上であると共に、上位等級や役職で求められる「リーダーシップ」や「マネジメント」の基礎となる複数の評価項目がA以上であるといったことです。これらの条件をクリアした社員を昇格や昇進などの候補者としてリストアップし、この中から最終的な昇格者や昇進者を決定するのです。

 人事評価の目的として「昇格や昇進に利用する」とあるのに、実際にはこのような基準に基づいた選考が行われず、経営陣や上級管理職などの情緒的な判断で行われるケースが少なくありません。これでは、社員の側から見れば、「上司に気に入られた社員が偉くなる」といった誤解を生じさせることになりかねず、管理職になりたがらない若者が増える状況の中で、せっかくの昇進や昇格への意欲を削ぐことにもつながります。

社員の昇進や昇格への意欲を促進するには、選考のための基準やプロセスを明確にし、上司から「この部分が改善されれば候補になる」といった具体的な指示を出せる状況にすることが重要です。

5.人材育成における留意点

仕事における成長を促進するためには、日常業務を通した学びである「経験学習」が有効であると言われます。人事評価において「人材育成」を実現するには、この「経験学習サイクル」を理解して実践することが必要です(図表3)。

図表3.経験学習サイクル

資料:デービットコルフの経験学習サイクルをもとに、一部筆者修正

「経験学習サイクル」は、「経験」「内省」「概念化」「試行」の四つのプロセスにより成り立っています。このサイクルを何度も繰り返すことにより、できることを増やしていくのです。

「経験学習サイクル」において、特に重要なのは、経験したことを主観、客観の両面で振返る「内省」です。「内省」とは、例えば「失敗したこと」について「なぜ失敗したのか」「どうすれば失敗しないようになるのか」を整理し、「失敗しないためにはどうすれば良いか」を考えることです。

人事評価において内省を促すためには、人事評価の結果を用いて、会社の求めることについて「何がどこまでできていたか」を上司と部下で共有し、「なぜできないのか」を考え、「できるようになる」あるいは「もっとよくできるようになる」ためにはどうすれば良いのかについて、部下が考えることを上司が支援するのです。

人事評価の工程に「フィードバック」の機会を設定している企業が増えていますが、実際のフィードバックの場で行われているのは、上司から部下への評価結果の一方的な伝達、あるいは上司の評価に対する質疑応答であることが少なくありません。これでは、公平性には貢献しても、人材育成にはつながりません。

筆者は、評価者はもちろん評価を受ける社員に対して、フィードバックを「部下の成長戦略会議」と名付け、経験学習サイクルや人材育成につながるフィードバックの進め方についてご提案しています。

具体的には、まずフィードバックで取り上げる評価項目を3つ程度に絞ります。それ以外については、本人から申し出があれば、評価の理由や根拠について解説します。

取り上げるのは、「もう少しで一つ上の評価にできそうな評価項目」、あるいは「昇格に向けた準備として評価を上げる必要のある評価項目」などです。これらについて、当該評価項目をフィードバックで取り上げた理由、上司から見てどう見えるのかを説明した上で、次回の評価において一つ上の評価にするために、何が不足していて、どうすれば良いのかについて本人に考えさせるのです。

 結果を確認するだけのフィードバックは、上司にとっても部下にとっても苦痛な時間です。これを、将来につながる前向きの打ち合わせに変えることにより、有意義な時間に変えることが必要です。

6.人事制度の整備と運用における留意点の重要性

人事は、会計などとは異なり、専門的な知識がなくてもそれなりの意見を言う、あるいはルールをデザインすることができると思われています。しかし、実際には今回ご説明したような基本的な留意点を考慮して制度を設計し、運用しなければ思うような成果を上げることはできません。

次回は、評価の根幹となる「評価者の評価能力」について皆さんと一緒に考えたいと思います。

多田国際コンサルティング株式会社では、人事制度や人材育成等の整備・運用について様々な支援を行っております。お気軽にご相談ください。

以上

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