『自社の人事評価制度を再考する③』
〜評価結果を人材育成に活用する〜
多田国際コンサルティング株式会社
フェロー 佐伯克志
『自社の人事評価制度を再考する』として、「評価制度」「評価者の評価能力」について取り上げてきました。最終回は「評価結果の活用」について皆さんと考えていきたいと思います。
1.評価結果の活用とは
「評価結果の活用」と聞くと、昇給や昇格、賞与の検討と思われる方も少なくないと思いますが、今回取り上げるのは「人材育成」です。
人事評価は、半年や1年といった特定の期間における、社員の行動や能力発揮等の状況を示した、言わば働き方に関する健康診断結果のようなものです。
仮に「(仕事において)わからないことがあれば、自分で調べる。あるいは周囲に聞いて解決している」という評価項目があったとします。この項目について、「Aさんは、わからないことがあっても、そのままにすることがある。そのために「C評価」とする」。これが人事評価の結果です。
このような場合には、フィードバックを通して上司が必要な指導をするといった組織が多いと思います。人事評価の結果を集計・分析することで、もっと様々なことに活用しましょうというお話しです。
2.どのような集計・分析でどのようなことがわかるのか
それでは、評価結果をどのように集計・分析することで、どのようなことがわかるのでしょうか。分析には、主に「箱ひげ図」を利用します。箱ひげ図は、評価結果のばらつきを視覚的に把握するためのグラフです(図表1)。
図表1.箱ひげ図
① 「評価項目別×全社&部門」集計
例えば、「(仕事において)わからないことがあれば自分で調べる、あるいは周囲に聞いて解決している」という評価項目の結果を部門別に集計してみましょう(図表2)。
このグラフから、製造部は全社に比べて比較的評価が高く(できている社員の割合が高い)、逆に営業部は比較的評価が低い(できている社員の割合が低い)と考えられます。
このようにグラフにより部門による違いを確認した場合には、その原因について評価者にヒアリングします。これにより、例えば「製造部の部長は「わからないことがあったら調べろ!」と日頃から口ぐせのように言っている」といったことが確認されることがあります。逆に営業部では、「仕事の特性上、個人で活動することが多く、そもそもあまりオフィスにいないため、分からないことがあっても聞く相手がいない」ということがあるかもしれません。このように評価が比較的高い(あるいは比較的低い)部門があれば、その理由を確認することで、様々なことが分かってきます。
注:評価項目に対して「している」の程度が高いほど点数が高く、「していない」の程度が高いほど点数が低くなる。
図表2.評価項目別部門別集計結果
② 「部門別×評価項目」集計
今度は、全社単位で評価項目の結果を集計してみましょう(図表3)。この図からは、自社の社員は、「部門の課題に対して自らができることを通して課題解決に貢献する」は比較的評価が高い(できている)が、「分からないことがあれば、自分で調べる」「自分の意見や考えを持ち、必要に応じて発言する」といったことは、比較的低い(できていない)ということがわかります。
同様の集計を部門別にも行い、図表3の分析と比較します。例えば総務部について集計したとします(図表4)。これにより、総務部は、概ね全ての項目について同じようにできているものの、全社(図表3)と比較すると「分からないことがあれば自分で…」「部門の課題について…」といった評価項目が相対的に低いということがわかります。
このように、評価項目について、全社、部門単位でグラフに表現し、全社と部門といった比較をすることにより、それぞれの単位における評価の傾向を把握することができます。このようにグラフで確認された傾向について、実際の評価者にヒアリングすることで、実態を分析するのです。これにより、全社及び部門毎の社員の働きに対する実態、特徴や傾向を把握することができます。
注:評価項目に対して「している」の程度が高いほど点数が高く、「していない」の程度が高いほど点数が低くなる。
図表3.全社評価項目集計結果
注:評価項目に対して「している」の程度が高いほど点数が高く、「していない」の程度が高いほど点数が低くなる。
図表4.部門別評価項目集計結果
③ 「上司評価と自己評価の差」集計
「上司評価と自己評価の差」を集計することでも、さまざまな事が見えてきます。図表5は「上司評価と自己評価の差」を等級別に集計したものです。この事例の場合、下位等級(1等級や2等級)になるほど自己評価と上司評価の乖離が大きくなることがわかります。評価者と被評価者の認識の差が大きい状況でのフィードバックは、意見が噛み合わずうまくいかない可能性があります。
注:自己評価と一次評価の差を表現しており、正数の場合は自己評価の方が高く、負数の場合は、上司評価の方が高い
図表5.自己評価と上司評価の差
④ 「一次評価と二次評価の差」集計
上司評価が、直属の上司である「一次評価」とさらにその上司である「二次評価」に分かれている場合には、これらの差を分析することでも様々なことが見えてきます。例えば一次評価と二次評価の差が非常に小さいようであれば、両者の被評価者に対する評価は概ね一致していると考えることができます(ただし、どちらかがもう一方の評価に迎合しているという可能性もあります)。
さらに、特定の二次評価者とその部下である複数人の一次評価者との乖離を分析すると(図表6)、多くの一次評価者が類似の傾向を示す中で、B氏のように特定の一次評価者だけ傾向が異なる場合があります。このような場合にはB氏の評価に問題がある可能性があります。こうした状況を確認した場合には、なぜ、この様な傾向を示しているのかをB氏やその上司へのヒアリングの中で特定します。
注:自己評価と一次評価の差を表現しており、正数の場合は自己評価の方が高く、負数の場合は、上司評価の方が高い
図表6.特定の二次評価者と一次評価者(複数人)との乖離
⑤ 評価項目間の相関分析
評価項目間の相関を分析することにより、評価項目間の関係性について検証することができます(図表7)。
異なる評価項目であっても、同じ事象や行動を評価の対象としている場合には、相関係数が高くなる傾向があります。この特性を利用して、相関係数の高い評価項目どうしを特定し、評価者に対して「同じ事象や行動を評価していないか」を確認します。
図表7の場合、「部門の課題について、自らが出来ることを通して積極的に解決に貢献している」と「常に生産性を意識して業務に取り組んでいる」の組み合わせにおいて相関係数が高くなっています。
評価者へのヒアリングにより、「生産性の向上」は全社的な重要課題でもあることから、業務の改善を意識して取り組んでいるという行動が、これら2つの評価項目に影響を及ぼしていることが確認された場合には、どちらかの内容を変更する必要があります。
図表7.評価項目間の相関係数
3.分析結果をどのように活用するか
それでは、こうした分析結果をどのように「人材育成」に活用するのでしょうか。具体的な活用方法について解説します。
① 本人へのフィードバック
評価結果の本人へのフィードバックにあたり、「自己評価」と「上司評価」を利用している組織が多いのではないでしょうか。
フィードバックの際に、上記の2つの情報に加えて、全社や部門別の平均値、最大値や最小値等を伝えることで、他の社員との比較において、自分はどうか、どの評価項目が比較的できていて、どの評価項目ができていないのかといったことの理解の促進に効果があります。
あるいは、自己評価と上司評価の乖離状況を社員に提供します(図表5.自己評価と上司評価の差)。これにより、自分の自己評価と上司評価の乖離が、他者と比較して大きいのか小さいのかを相対的に確認させ、自己評価が極端に高かったり、逆に低かったりする場合に、自己評価の適正化につなげるという使い方をした事例もあります。
② 評価者へのフィードバック
二次評価者や人事部門は、自分以外の評価者の人事評価を見ることで、自分の評価の傾向(癖)を認識する機会があります。しかし、一次評価者の多くは、自分以外の評価を見る機会がないために、自分の評価の傾向を分析することができません。
そこで、「図表2.評価項目別部門別集計結果」のような全社や部門別の評価の傾向を評価者に提供することにより、自分の評価の傾向(癖)を認識させ、評価の傾向(癖)の改善を促すきっかけとすることができます。
③ 全社、部門別の人材育成への活用
全社的に低い評価項目は、個人単位での改善を促すことはもちろん、全社的に改善を促すための研修やOJTの重点項目とするなどの対応が求められます。あるいは部門単位での集計を通して、部門単位での社員の行動や能力の特性を把握することで、部門として改善に向けて取り組むべき事項を特定し、OJTなどにより改善に取り組みます。
④ 人材育成施策の効果検証
過去の複数年の評価結果と当年度の評価結果を比較分析することにより、上記のような全社・部門別の研修やOJTといった人材育成の効果があったのか、否かを確認し、人材育成の方法の改善に活用するという事例もあります。
⑤ 人事評価項目の見直し
人事評価の項目は、「策定したらずっと変更しない」ということではなく、定期的な見直しが必要です。
その際に、「図表3.全社評価項目集計結果」を活用することで、社員の多くが高い水準でできている項目の難易度を高くする。「図表7.評価項目間の相関係数」で同一の事象を根拠として評価している項目があれば、異なる事象に対する評価となるように一方の評価項目を変更します。
4.HRテック導入による人事評価データの活用の促進
近年、人事評価についても様々なソフトウエアの導入が進んでいます。評価表の配布集計の効率化が主目的となっているようですが、今後はこうした電子化された評価データの蓄積を利用して、今回ご紹介しましたような集計・分析を行い、人材育成や人事評価の精度の向上に役立てることに取り組まれてはいかがでしょうか。
多田国際コンサルティング株式会社では、人事制度や人材育成等に関する制度の設計・運用について様々な支援を行っております。お気軽にご相談ください。
以上