コラム
公開日
多田国際社会保険労務士法人
社会保険労務士 木村統
はじめに
これまでに「労働時間の把握」「割増賃金の支払」といったテーマを解説しましたが、今回はこれらとも関連性が強い「フレックスタイム制度」について解説します。これは、労働基準法(以下、労基法)で定められている労働時間制度の一つです。
フレックスタイム制度は、労働者が日々の始業及び終業の時刻を選択することができ、近年、多様な働き方の推進を目的として導入する企業が増えています。このように柔軟な働き方ができる環境を整えることは、結果として、優秀な人材の確保にも有効になります。
一方で、IPOを目指す企業にとっては、このフレックスタイム制度がリスクとなるケースがあります。柔軟な働き方が可能となる反面、その運用には誤解も多く、結果として適切な労働時間管理ができていないことが問題となります。
いくら柔軟な制度であっても、使用者は労働時間を把握し管理する義務を負っており、これはフレックスタイム制度を採用する事業場においても同様です。
フレックスタイム制度は始業及び終業の時刻を労働者に委ねることから、清算期間の中で偏った働き方になる場合があります。必要に応じて仕事の進め方等について指導を行うなど、企業として健康管理に関して適切な対応を行っていないと、労働契約法第5条の安全配慮義務違反を問われる可能性もあります。
そこで今回は、フレックスタイム制度に潜むリスクと、正しい運用について解説します。
1.フレックスタイム制度の導入の手続き
まずはフレックスタイム制度を運用するにあたって、導入の手続きが法的に正しく行われているかを確認する必要があります。労働基準法第32条の3では、就業規則等において始業及び終業の時刻を労働者の決定に委ねる旨を定めた上で、労使協定において以下の事項について締結することが要件とされています。
①対象となる労働者の範囲
②清算期間
③清算期間中の総労働時間
④標準となる1日の労働時間
⑤コアタイム・フレキシブルタイムを定める場合には、その時間帯の開始及び終了の時刻
なお、清算期間が1か月を超える場合には、労使協定を所轄の労働基準監督署に届け出る必要があり、これに違反すると罰則(30万円以下の罰金)が科せられることがあります。
これらの手続きを正しく行っていないと、フレックスタイム制度が法的な要件を満たさず、思わぬ未払賃金が発生することにも繋がりますので、自社での手続状況を確認しておくことが重要です。
本来、フレックスタイム制度は始業および終業の時刻の双方を労働者の決定に委ねるものですが、始業または終業のどちらか一方についてのみ、労働者の決定に委ねているものは要件に合致しません。例えば、毎朝、全員が集合して朝礼を定刻に行う事業場は、始業時刻を労働者が決定できないため、要件を満たさないことになります。
また、休憩時間の取扱いも注意すべきポイントです。フレックスタイム制度で労働者の決定に委ねられるのは始業及び終業の時刻のみであり、休憩時間は労基法第34条の要件に合致するよう与えなければなりません。そのため、休憩時間の取得時間帯も労働者に委ねて運用する場合には、就業規則で休憩の長さをあらかじめ定めた上で、その時間帯を労働者に委ねる旨を規定する必要があります。なお、一斉休憩の原則が適用される業種では、あわせて一斉休憩の適用除外に関する労使協定の締結も必要となります。
フレックスタイム制度はその柔軟なイメージから、休憩時間のルールが見落とされがちです。適切な運用のために、これらも含めた制度全体の再確認をおすすめします。
2.労働時間のカウントのルール
フレックスタイム制度では、週40時間、1日8時間を超えて労働しても、直ちに時間外労働にはなりません。日単位・週単位で時間外労働を計算するのではなく、労働時間を清算期間ごとに集計し、清算期間における法定労働時間の総枠を超えた分が時間外労働となります。
なお、清算期間が1か月を超える場合は時間外労働の計算ルールがさらに複雑になりますが、「法定労働時間の総枠を超えた分が時間外労働になる」という基本的な考え方は共通です。今回は、原則となる「清算期間が1か月を超えない場合」について解説します。
(1)法定労働時間の総枠の計算式
フレックスタイム制度を正しく運用するためには、まず対象期間における法定労働時間の総枠を正確に把握し、日々の労働時間を注意して集計する必要があります。法定労働時間の総枠は、以下の計算式で求められます。
【 1週間の法定労働時間(原則40時間) × 清算期間の暦日数 ÷ 7 】 ※1
[図表1] 法定労働時間の総枠
| 清算期間 の暦日数 | 法定労働時間の総枠 (週40時間の場合) | 法定労働時間の総枠 (週44時間の場合※2) |
| 31日 | 177.1時間 | 194.8時間 |
| 30日 | 171.4時間 | 188.5時間 |
| 29日 | 165.7時間 | 182.2時間 |
| 28日 | 160.0時間 | 176.0時間 |
※1 各時間数は、計算結果に1分未満の端数(小数点第2位以下)が出た場合、切り捨てて表示しています。
※2 特例措置対象事業場(常時10人未満の労働者を使用する商業、映画・演劇業〈映画の製作の事業を除く〉、保健衛生業、接客娯楽業)では44時間として計算します。
なお、清算期間の途中で入退社等が発生する場合も、この法定労働時間の総枠の考え方が基本となります。この場合は、フレックスタイム制度で労働した在籍期間の暦日数に応じて法定労働時間の総枠を日割りで計算し、その枠を超えた時間を時間外労働として集計します。特に、清算期間の前半で労働時間が多く、後半で労働時間を抑えようとしていたものの、途中で退職した場合などは時間外労働が発生している可能性があります。
(2)完全週休2日制の事業場における特例
完全週休2日制の事業場では、1日8時間相当の所定労働時間であっても、曜日の巡りによっては清算期間における「所定労働時間の合計」が法定労働時間の総枠を超えてしまう場合があります。
例えば[図表2]のように、時間外労働を一切行わず所定通りに23日×8時間=184時間働いただけでも、本来の総枠である177.1時間を超えてしまいます。
このように、時間外労働を行っていないにもかかわらず、曜日の巡りによって時間外労働が発生した扱いになってしまうという不都合が生じるため、完全週休2日制の事業場においては、労使協定の締結により、「清算期間内の所定労働日数 × 8時間」をその期間の法定労働時間の総枠に引き上げることが可能となります。
そのため、自社のカレンダーに合わせて法定労働時間の総枠を正しく理解し、36協定で締結している時間外労働に関する上限を超えないように管理することが重要なポイントになります。
[図表2] 完全週休2日制のカレンダー例
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
| 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
| 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
| 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
| 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
(例)暦日数が31日の場合
所定労働日数: 23 日
1日の所定労働時間:8 時間
月間の所定労働時間:184 時間(23日×8時間)
法定労働時間の総枠:177.1 時間 ※完全週休2日制の特例により、労使協定を締結すれば総枠が184時間になります
(3)休日労働及び深夜労働の取り扱い
フレックスタイム制度であっても、休日労働の取り扱いは通常の労働時間制と同様です。法定休日に労働させた場合には休日労働となりますので、通常の労働日とは別に集計し把握しておく必要があります。法定休日以外の所定休日の労働時間については、就業規則等に特段の定めがない限り、原則として通常の各日の労働時間とあわせて集計し、清算期間における法定労働時間の総枠を超えた時間について、時間外労働として取り扱うことになります。
また、深夜労働についても割増賃金の支払いがないと誤解している企業が見受けられますが、労働者が午後10時以降に勤務する場合は通常の労働時間制と同じく深夜労働となります。フレキシブルタイムが深夜の時間帯に及んでいる場合や、勤務する時間帯に制限がない場合は深夜労働が発生する可能性も高くなりますので、日々の勤務状況を正しく集計することが重要です。
3.最後に
従業員の働きやすさを重視してフレックスタイム制度を導入している企業は多いと思います。しかし、導入の手続きや日々の正しい労働時間管理を怠っていると、結果として未払賃金などの問題を抱えることになり、IPOに向けての大きな障壁となってしまう可能性があります。
IPOを目指すのであれば、フレックスタイム制度の取扱いは非常に重要なポイントの一つとなります。多田国際社労士法人では、IPOを目指す企業様の導入支援を行っております。ぜひお気軽にご相談ください。