トップ 人事労務-コラム コラム 【元労基監督官が指摘】その就業規則、本当に「大丈夫」?見落としがちな4つの落とし穴

【元労基監督官が指摘】その就業規則、本当に「大丈夫」?見落としがちな4つの落とし穴

【元労基監督官が指摘】その就業規則、本当に「大丈夫」?見落としがちな4つの落とし穴

コラム

公開日

多田国際社会保険労務士法人

コンサルタント(元労働基準監督官)

二ノ宮 侑花

1.はじめに

 「うちの会社は、創業時に作った就業規則を労基署に届け出ているから大丈夫!」

 そう安心している人事担当者や経営者の方は少なくありません。しかし、元労働基準監督官の視点から見ると、届出が済んでいても実は万全な状態とは限らないのが実情です。

 今回は労働基準法(以下、「労基法」)の89条(作成・届出義務)、90条(意見聴取義務)、106条(周知義務)を中心に、実務上陥りがちな「4つの落とし穴」を分かりやすく解説します。自社のルールを見直すきっかけにしていただければ幸いです。

2.就業規則のよくある「落とし穴」

2-1. 【落とし穴①】従業員の反対・白紙の意見書…どう対応するのが正解?

 就業規則の改訂に際し、人事担当者から「従業員代表から反対意見が出たら、どう対応すればよい?」という声を耳にします。

 結論からいえば、このような場合も労基署への届出は可能です。労基法90条が求めているのは、「意見を聴くこと」であり、「同意を得ること」ではないからです。むしろ、反対意見を理由に未提出のままとなる方がリスクは高く、従業員が常時10名以上の事業場であればそれ自体が届出義務違反(労基法89条違反)となりえます。

 ただし、反対意見を一切無視することも避けるべきです。特に「就業規則の不利益変更」を巡る労使紛争に発展した場合、その変更が法的に「有効」か「無効」かを争い、裁判で「労使交渉の経緯」が問われることがあります(労働契約法10条)。

【ここに注意!】

 反対意見に対しても、丁寧な説明を通じて理解を得たり、妥協点を探る姿勢が、将来の紛争リスクを防ぐ鍵となります。

  • 反対意見が出た場合: 反対意見が記載された意見書を労基署に届け出ます。変更が「無効」となるリスクを避けるためにも、反対意見には真摯に向き合い、説明を尽くします。なお、従業員代表への不利益な取り扱いは禁止されているため、反対意見を理由に解雇等を行ってはいけません(労基法施行規則6条の2)。
  • 意見がない場合:白紙の意見書は、労基署の窓口で「意見聴取が行われたか確認できない」として再提出を求められます。特に意見がない場合は、従業員代表に「意見なし」などと記載してもらう必要があります。

図表1:「就業規則意見書(記載例)」(厚生労働省)

2-2.【落とし穴②】「詳細は別に定める」の罠

 創業時などに急いで就業規則を作成したような場合、一部を委任規定(「詳細は別に定める」等)としているにもかかわらず、委任先の別規程の作成が漏れてしまう「リンク切れ」が生じがちです。

 労基法89条では、賃金や労働時間などの一定事項を就業規則に盛り込むよう定めています。詳細を別規程に委任することは認められていますが、これらはセットで存在する必要があります。「リンク切れ」により別規程が存在しない場合、就業規則の作成義務を果たしていない(労基法89条違反)として、労基署から是正勧告を受ける可能性があります。

図表2:パンフレット「訪問介護員のための魅力ある就労環境づくり(厚生労働省)」P20より引用

【ここに注意!】

 自社の規程で「リンク切れ」が起きていないかを定期的に確認しましょう。

 また、委任規定によって「別規程」化したルールは、賃金や労働時間、懲戒など労基法が定める「就業規則に規定すべき事項」に関するものである限り、法的には「就業規則の一部」となります。そのため、従業員への周知に加え、改訂時に就業規則本則(以下、「本則」)と同様の意見聴取・届出プロセスが必要となります。

 「詳細は別に定める」としたまま放置されている規定がないか、また別規程が本則と同じように正しく手続き・周知されているか、今一度洗い出すことが重要です。

2-3.【落とし穴③】従業員が知ることができない就業規則は、「ない」のと同じ?

 「就業規則は機密書類だから、従業員から見たいと言われても応じないようにして、人事だけで厳重に保管しておこう」──こうした対応は、実は大きな誤りです。

 労基法106条は、従業員に対する就業規則の「周知」を義務づけており、不十分な場合は労基署による是正勧告の対象となります。

 さらに深刻なのが「就業規則の効力自体が否定されるリスク」です。最高裁の判例では、就業規則は「労働者に周知されていなければ効力を生じない」と判示されています(フジ興産事件)。特に懲戒処分は就業規則への規定が前提となります。この効力が否定されれば、たとえ横領などの深刻な不祥事が起きても、一切の懲戒処分を下せない事態に陥りかねません。そのため、就業規則を作成している事業場では、事業場の規模を問わず周知が不可欠なのです。

【ここに注意!】

就業規則の正しい周知方法は、以下のとおりです(労基法施行規則52条の2)。

  • 各作業場の見やすい場所への掲示、または備え付け
  • 書面による従業員への交付
  • パソコン等の機器を通じて、デジタルデータとして常時閲覧できる状態にする

図表3:パンフレット「訪問介護員のための魅力ある就労環境づくり(厚生労働省)」P23より引用

 したがって、就業規則をキャビネット等に備え付ける場合は、保管場所を全員に共有し、加えて従業員が「いつでも、自由に確認できる状態」にしておく必要があります。複数の拠点を展開する企業では、小規模な拠点も含め、全拠点で就業規則が適正に周知されているか確認することが大切です。

 適切な周知は、法的リスクの回避のみならず、労使双方の権利義務の明確化により、誤解や行き違いによるトラブルを未然に防止する重要な手段となります。

2-4.【落とし穴④】「受理印」があるから安心、の盲点

 「労基署の受理印があるから、法的に問題のない内容と判断されたのだろう」というのは、大きな誤解です。

 実は、届出の際に行われる労基署のチェックは「形式的な要件(必要書類が揃っているか等)」が中心であり、内容が最新の法改正に適合しているかまで詳細に精査しているわけではありません。そのため、改正前の内容のまま届け出て、そのまま受理されてしまうケースも生じてしまうのです。この場合、のちの臨検(労基署による調査)の際に、企業にしてみれば「不意打ち」のような形で法改正の反映漏れを指摘されることになります。

 仮に法改正に対応して実務上は正しい運用を行っている場合であっても、安心はできません。就業規則が古いままだと、退職や異動などによる担当者変更の際、後任者が就業規則を元に運用を戻してしまい、意図せぬ法違反が生じるケースがあるのです。

【ここに注意!】

 「受理印があるから」「今のところ正しく運用できているから」と安心せず、法改正に合わせてアップデートしていく意識が大切です。

 就業規則の改訂は人事にとって骨の折れる仕事ですが、定期的なメンテナンスを続けることこそが、将来のトラブルを未然に防ぐ有効な手立てとなります。

3.おわりに

 就業規則は、企業と従業員の信頼関係を支える大切な「共通のルールブック」です。

  • 反対意見や「意見なし」の場合の対応が適切か
  • 「別規程に定める」としたルールが、漏れなく作成・届出されているか
  • 従業員全員がいつでも就業規則を閲覧できる状態にあるか
  • 最新の法改正が反映されているか

 この4つのポイントを、ぜひ一度見直してみてはいかがでしょうか。事前の少しの確認が、将来のトラブルを防ぐ大きな盾になってくれます。

 多田国際コンサルティンググループでは、就業規則のアップデートをはじめ、国内の労務コンプライアンス対応はもちろん、海外進出企業の労務サポートまで、グローバルな視点で企業の人事労務を幅広く支援しております。労務管理にお悩みの際は、ぜひご相談ください。