コラム
公開日
多田国際コンサルティング株式会社
フェロー 佐伯克志
はじめに:政府が推進する「ジョブ型人事」の光と影
日本政府は、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版」において、三位一体の労働市場改革を掲げています。その柱となっているのが、「ジョブ型人事の導入」「労働移動の円滑化」「リ・スキリング(学び直し)」の3施策です。
政府の狙いは、職務(ジョブ)ごとに要求されるスキルを定義することで、労働者の自発的なリ・スキリングを促し、自ら職務を選択できる制度へと移行させることにあります。これにより、内部労働市場と外部労働市場をシームレスにつなげ、社外からの経験者採用の門戸を広げるとともに、労働者が自らの意思で社内外を問わず労働移動できる環境を整備しようとしているのです。
この改革は一見するとバラ色のように見えますが、デメリットもあります。「ジョブ型人事」への移行は、社内・社外を問わず「その職務に最も適した人材」が特定のポストに就くことを意味します。これは社員にとって、現在の役割や役職から外されるリスクがこれまで以上に高まるという側面を持っています。企業にとっても、社外により適した条件の役職があれば、優秀な社員ほど転職しやすくなるという「流出リスク」をはらんでいます。
また、賃金体系への影響も無視できません。「ジョブ(職務)」によって給与が決まる仕組みでは、例えば製造職から営業職へ人事異動した場合、未経験者としてのスタートとなるため、給与も一番下の水準から再出発することになります。これでは実質的に、職種変更を伴う配置転換が困難になります。残念ながら、従来の日本企業に根付いていた「(能力習熟を考慮するための)昇給」という概念も制度として整合しません。
このように、どのような人事制度であっても必ずメリットとデメリットが存在します。重要なのは、流行に飛びつくことではなく、前回検討した「人材活用方針」や「制度設計の方針」の実現に最適な制度を選択するということです。
そこで、今回は、前回の「方針」を踏まえ、人事制度の概要設計について具体的に掘り下げていきましょう。
1.自社に適した方法の選択:流行よりも「適合性」
導入部でジョブ型人事に対して慎重な意見を述べましたが、もちろんジョブ型人事が適している組織もあります。例えば、医療業界のように、各職種が高い専門性によって構成されている組織です。こうした組織では、以前からジョブ型に近い運用がなされており、新たに制度として導入する場合でも非常に親和性が高いといえます。
一方で、あえて時代の流れに逆行するように見える「勤続年数をベースとした賃金制度」を導入する企業もあります。この制度の利点は、社員が「将来どの程度の収入を得られるか」を予測しやすく、人生設計を立てやすい点にあります。このことが結果として離職防止(リテンション)につながるのです。特に、長年の経験に基づく技能の熟練が生産性に直結する製造業などでは、現在でもこの「年功的」なアプローチが有効に機能する場合があります。
結局のところ、政府の方針や世間のトレンド以上に、「自社の事業特性や組織文化に適しているか」という視点が、制度設計の成否を分けるのです。
2.何を基準として人事制度を設計するのか
「メンバーシップ型か、ジョブ型か」という議論はよく耳にしますが、ここでは制度の本質をより分かりやすく整理するために、「人」「成果」「仕事」の3つの基準で整理してみます(図表1)。
図表1.主な人事制度の対象と長所・短所

1.「人」基準の制度
対象者の「能力」「行動」「年齢」「経験」などを評価・給与の決定軸とする考え方です。いわゆる「年齢給」や「職能給」がこれにあたります。
この制度は、職務と給与が直接連動していないため、人事異動が容易です。また、能力が急激に低下することは考えにくいため、社員の給与額は安定し、将来の生活設計も立てやすくなります。
しかし、一度上がった給与を下げることが難しい(下方硬直性)ため、企業にとっては総額人件費のコントロールが困難になるという課題があります。
2.「成果」基準の制度
売上や生産量といった「結果」を基準とする考え方です。代表例は「歩合給」や「インセンティブ」です。
この制度は、営業職のように個人の成果を数値化しやすい職種に向いています。高い成果を出した社員には高額な報酬で報いることができ、会社としても「利益に応じた支払い」となるため人件費管理が容易です。
一方で、成果が出ない時期は給与が激減するため、社員の生活が不安定になります。また、目先の数字を追うあまり、長期的な活動や不正の温床になるリスクも考慮しなければなりません。最近話題となっている金融機関の不祥事は、成果に基づく歩合給が原因の一つであると言われています。
3.「仕事」基準の制度
職務、役割、責任(ポスト)に対して報酬を設定する考え方です。これがいわゆるジョブ型人事と言われ、「職務給」や「役割給」にあたります。「営業部長というポストの価値はいくら」と定義し、その条件を満たす人を配置する仕組みです。
この制度は、「仕事の重さ」と「給与」の整合性が取りやすく、社外の市場価値(マーケットレート)に合わせた報酬設定が可能です。
しかし、異動によって仕事が変わると給与が下がる可能性があるため、会社主導の柔軟な配置転換や、多様な経験を積ませる育成が難しくなります。
これらの基準を曖昧にしたまま、あるいは基準を無視して設計を進めてしまうと、後に「同一労働同一賃金」などの法的課題や労使トラブルに直面した際、自社の制度を論理的に説明できなくなる可能性が高くなります。
3.等級制度の概要設計
設計の基準を定めたら、次に「等級制度(または社員区分制度)」「賃金制度」「評価制度」の概要設計に入ります。概要設計とは、3つの制度の骨格を決定する工程です。
図表2.人事制度の全体像

人事制度の根幹をなすのが「等級制度」です。これは社員を能力や役割、職務といった基準でランク分けする仕組みであり、先に述べた「何を基準にするか」と密接に関係しています。
等級制度の概要設計の段階では、「何を基準とするのか(職能、役割、職務)」「何段階(何等級)にするのか」「それぞれの等級に求める「要件」の定義」の3点を決定します。具体的には、以下の3つの考え方から選択することになります。
① 職能資格制度(「人」基準)
「保有している能力」に応じてランク付けする制度です。新卒からベテランまで、習得すべき知識や技能の習得度合いで区分します(図表3)。
要件の作り方としては、人を主語に「〇〇できる能力」といった表現で定義します。特徴としては、等級と役職が必ずしも一致しない「ゆとり」があり、能力の向上を段階的に認めていく日本型の育成に適しています。
図表3.職能資格制度の例

② 役割等級制度(「役割」基準)
組織における「役職(ポスト)に期待される役割」でランク付けする制度です(図表4)。新卒(あるいは未経験者)から部長や本部長までを役職(に求める役割)の違いにより複数の等級に区分します。
要件の作り方としては、権限の範囲、組織への影響度、課題解決の難易度などをもとに定義します。
職能資格制度との違いは、単なる「知識がある(能力)」だけでなく、「その専門性を活かして、どのような行動・結果を生んでいるか(役割)」までを問うところです。
| <例> 職能資格制度:高度なマーケティング知識を有している。 役割等級制度:マーケティングの専門性を活かし、新規顧客開拓をリードしている。 |
図表4.役割等級制度の例

③ 職務等級制度(「仕事」基準・ジョブ型)
「職務(仕事内容)」そのものの価値でランク付けする制度です。「等級×職種」で構成されるため、より細分化されます(図表5)。
要件の作成にあたっては、職務毎に職務記述書(ジョブディスクリプション)を作成し、これをもとに職務分析・職務評価を行うことにより仕事の大きさ(ジョブサイズ)を数値化。職務記述書とジョブサイズを参考にしつつ役割のグループを作成していきます。
特徴は、「何をするか」「どんな成果(KPI)を出すか」に焦点が当たります。役割等級制度よりもさらに、仕事の内容そのものに厳格に紐付きます。
図表5.職務等級制度の例

4.結びに代えて
今回は、人事制度設計の土台となる「基準」と「等級制度」の考え方について解説してきました。自社が「人の成長」を軸にするのか、あるいは「仕事の結果」を軸にするのか、あるいはその選択によってその後の賃金や評価の仕組みは大きく変わります。
次回は、この等級制度をいかにして「賃金制度」と「評価制度」に繋げていくべきか、その具体的な検討事項についてお話ししたいと思います。
多田国際コンサルティング株式会社では、豊富な労務知識とコンサルティング実績に基づき、各企業の状況に最適化された人事制度の設計・運用をご支援しております。制度の抜本的な見直しから、マイナーチェンジのご相談まで、どうぞお気軽にお問い合わせください。