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IPOにおける労務管理の重要ポイント③管理監督者の取扱い

IPOにおける労務管理の重要ポイント③管理監督者の取扱い

コラム

公開日

多田国際社会保険労務士法人

特定社会保険労務士 笠井則宏

はじめに

 「労働時間の把握」「割増賃金の支払い」に続いて、今回は「管理監督者の取扱い」をテーマにIPOに向けて求められる対応について解説します。管理監督者の取扱いもIPOに向けて実施する労務DDにおいて重要な要素の一つに挙げられます。

 管理監督者には法定時間外労働や休日労働に対する割増賃金の支払い義務が生じません。しかし、管理監督者の要件を満たさない労働者を管理監督者として扱っている場合は、本来支払うべき割増賃金が支払われていないことになります。その場合、労働基準法違反として罰せられるだけでなく、未払いであった割増賃金を最大3年間遡及して支払うことが求められます。

 つまり、管理監督者を適切に取り扱うことは、コンプライアンスにおいて非常に重要なのですが、世の中の企業では、かなりの割合で正しい理解と運用がされていません。それは、IPO準備企業でも同様です。その理由と対策について深掘りしていきたいと思います。

1.管理職=管理監督者の誤解

 世の中の企業が管理監督者を正しく理解できていない理由として、管理職を管理監督者という捉え方をしていることが考えられます。この一文を読んで、「同じではないのか?」と思われた方は注意が必要です。

 管理職と管理監督者の特徴を以下に記載しましたが、最も大きな違いは、法律上の定義があるかどうかです。管理監督者は厚生労働省の通達(昭和63.3.14 基発150号)で「経営と一体的な立場」と定められており、その条件に合致しなければ管理監督者として取り扱われません。一方で、管理職には法律上の定義はなく企業が自由に定めることができます。そのため、同じ呼称でも企業により権限、責任、報酬は様々という状況です。また、どこまでの範囲を管理職とするかも自由であるため、職制の階層が下の方になると、労務管理上の権限が与えらず、情報伝達や報告をするだけの立場という場合もあります。

「管理職」

  • 企業が組織管理における職制の段階として自由に設定できる
  • 一般的には、「部長」「次長」「課長」「係長」といった呼称が使用される
  • 職制の呼称が同じでも企業により与えられている権限等が異なる

「管理監督者」

  • 労働基準法と通達により定義が定められている
  • 労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にあることが条件

 つまり、企業の管理職には、管理監督者に該当する役職も該当しない役職もあるというのが実態です。そして、管理監督者に該当するかは、個別に確認をしないと判断ができません。しかし、現実には、「管理職=管理監督者」という認識が広まっているという状況です。

2.管理監督者の定義と要件

 管理職と管理監督者は異なるという認識ができたとしても、適正な範囲で管理監督者を定めるのは簡単ではありません。その理由は、管理監督者に必要な基準が明確に定められていないためです。通達(基発150号)によると、以下の①~④が判断要素になることが確認できますが、いずれも抽象的で明確でありません。また、通達では、「実態に即して判断すべきもの」という記載をしているため、解釈によっては広くも狭くも捉えることができてしまいます。そのため、企業は独自の解釈により管理監督者を定めるようになり、前段落の「管理職=管理監督者」という共通認識が醸成されていったと考えられます。

職務内容

 労働条件の決定その他労務管理について、経営者と一体的な立場にあり、労働時間等の規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な職務内容を有している。

責任と権限

 労働条件の決定その他労務管理について、経営者から重要な責任と権限を委ねられている。

勤務態様

 経営上の判断や対応に応じるため、労務管理においても一般労働者と異なる立場にある。

賃金・待遇

 その職務の重要性から、定期給与、賞与、その他の待遇において、一般労働者と比較して相応の待遇がなされている。

3.名ばかり店長による管理監督者性の否定

 しかし、2008年に飲食チェーン店の店長の管理監督者性について争われた裁判が起き、その判決により「管理職=管理監督者」という認識が覆されました。そして、裁判において示された管理監督者性の判断基準が「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者について(平成20.9.9基発第0909001号)」という通達により周知されることになりました。基発150号で抽象的にしか書かれていなかった①~④に関して、管理監督者性を否定する要素として以下の内容が示されました。これに合致するものが多ければ、管理監督者性が否定される可能性が高くなります。特にイとウは就業規則や賃金台帳で客観的に確認できる内容のため、労務DDで指摘を受けることが多く見受けられます。

ア.「職務内容、責任と権限」についての判断要素(①②)

a.採用に関する責任と権限がない

b.人事考課への職務上の関与がない

c.解雇への職務上の関与がない

d.労働時間の管理に関する責任と権限

イ.「勤務態様」についての判断要素(③)

a.遅刻・早退等に関して不利な取扱いがされる

b.労働時間に関する裁量がない

c.部下の勤務様態との相違がない

ウ.「賃金等の待遇」についての判断要素(④)

a.基本給、役職手当等の優遇措置が十分でない

b.支払われた賃金の総額が一般労働者の同程度以下

c.時間単価に換算した額が最低賃金に満たない

4.スタッフ職の管理監督者性の判断

 また、管理監督者の判断において部下の有無という論点があります。専門職や研究職の責任者で部下を持たないポジションは一定割合存在しています。部下を持たないと前段落で紹介した「職務内容、責任と権限」の判断要素にほとんど合致しないため、管理監督者として扱ってはいけないのかという質問がよく出てきます。いわゆるスタッフ職の管理監督者性です。

 その点に関しては、「都市銀行等における管理監督者の範囲について(昭和52.2.28基発104号の2)」という通達で言及がされています。通達では、以下の7つの者が労基法上の管理監督者になると示されました。

①取締役等役員を兼務する者

②支店長、事務所長等事業場の長

③本部の部長等で経営者に直属する組織の長

④本部の課又はこれに準ずる組織の長

➄大規模の支店又は事務所の部、課等の組織の長で①~④の者と同格以上に位置づけられている者

⑥①~④と同格以上に位置づけられている者であって、①~③の者及び⑤のうち①~③の者と同格以上の位置づけをされている者を補佐し、かつその職務の全部若しくは相当部分を代行若しくは代決する権限を有する者(次長、副部長等)

⑦①~④と同格以上に位置づけられている者であって、経営上の重要事項に関する企画立案等の業務を担当するもの(スタッフ)

 この中で着目すべきは⑦です。組織の長ではなく企画立案等の業務に就く者も、組織の長と同格以上の立場で、経営上の重要事項に関与している者は管理監督者に該当すると示されています。通達は金融機関を対象にしていますが、経営上の重要事項の企画立案を担う仕事は金融機関に限定されたものではないので、同様の業態であれば他の産業でも適用できるものと考えられます。

 つまり、組織の長として部下の管理をしないスタッフ職でも、「組織の長と同格以上」「経営上の重要事項に関与」の条件を満たせば管理監督者となると考えることができます。

5.管理監督者性の明確化と職務権限規程

 では、実際に管理監督者はどのように定めたらよいのかということになりますが、2~4で紹介した3つの通達の内容に基き、個別の役職毎に管理監督者に合致するか判断していくしかありません。通達に関しては、やはり2で示した基発150号がベースとなります。その中に4つの要件が示されていますが、4つの要件は以下のように分類できると考えられます。

<十分条件:確実性を保証する条件>

(1).職務内容

(2).責任と権限

    <必要条件:最低限必要な条件>

    (3).勤務態様

    (4).賃金・処遇

       法令に立ち返ると、管理監督者は「経営者と一体の立場にあること」とされていますので、その条件に直接的に関わるのは(1)と(2)であると考えられます。(3)と(4)は、一般社員と異なる立場であることを示す要素になり、満たしていないと管理監督者性が疑われます。しかし、(3)と(4)のみを根拠に「経営と一体の立場にあること」とは言い難いところです。

       そのため、(1)と(2)の内容により経営の一部を担う役職であると示すことが重要です。特に(2)を可視化することがポイントになります。そのための手段として考えられるのが職務権限規程です。職務権限規程は、どの役職にどの範囲の権限を与えるか定める規程なので、その内容により、「経営と一体の立場」となる役職を客観的に判断することが可能となります。自社に職務権限規程がない場合は、ぜひ作成することをお勧めします。特に、IPOを目指す企業であれば、適正な管理監督者の運用ができていることを証明する必要があるため、職務権限規程がその役割を担うことになります。 

      6. 最後に

       管理監督者に該当するかどうかの判断は複雑で曖昧です。通達の要件に100%合致するのは役員のみというケースも珍しくありません。そのため、管理監督者に関しては、通達で示された要件をベースに管理監督者性の濃淡で判断するのが実態です。ただし、客観的な根拠は必要となるため、組織図、就業規則、賃金規程、職務権限規程、職務記述書等により管理監督者性を裏付ける条件を定めていくことが必要となります。

       IPOを目指すのであれば、管理監督者の取扱いは非常に重要なポイントの一つとなります。多田国際社労士法人では、IPOを目指す企業様の導入支援を行っております。ぜひお気軽にご相談ください。