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コンプライアンス研修を再考する

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コラム

公開日

コンプライアンス研修を再考する

多田国際コンサルティング株式会社
フェロー 佐伯克志

2024年は、「検査偽装」「資格の不正取得」「裏金づくり」など、大手企業におけるコンプライアンス上の問題が相次ぎました。これらの企業でもコンプライアンス研修は実施されていたはずであり、特に「検査偽装」については、さまざまな業界で多発していたことから、「自社は大丈夫なのか」といった注意喚起や社内調査が行われていたに違いありません。にもかかわらず、多くの社員が関与するコンプライアンス上の問題が発生し、あるいは長年にわたり放置されてきたのです。

以前、私は社員約50名の中小企業(大手不動産グループのグループ子会社)において、6年間にわたり、全社員を対象としたコンプライアンス研修を年2回(各回2時間程度)お手伝いしたことがあります。当然、オーソドックスな内容だけではネタが尽きてしまうため、コンプライアンス意識を高める工夫として、業務に直結するテーマや、その時々に発生したコンプライアンス関連の話題を取り上げました。回を重ねるうちに、受講者の社員の方々からもテーマの提案をいただくようになりました。

これは極端なケースですが、通常でも数年に1回のペースでコンプライアンス研修を継続的にご依頼いただくことも少なくありません。本業として組織・人事コンサルティングを行っていますので、単なる研修だけでなく、コンプライアンスの実態調査や管理体制の整備なども含めてご支援することもあります。

1.コンプライアンス研修の目的はリスクの低減

単刀直入に申し上げます。人事部門や研修部門の皆さんは、コンプライアンス研修を「実施しました」というアリバイ作りのために行っていませんか?

これまでの経験上、「社員のコンプライアンス意識を何とかして高めたい」という強い思いを持って研修の相談をいただくことがほとんどです。しかし、中には「研修の実績を作るために必要だから」といった理由でご依頼いただくケースもあります。これは、経営陣あるいは事業部門の責任者がコンプライアンスを重視していない場合の特徴でもあります。

私はこうした依頼を受けた際に、「その方法では、参加者の意欲も満足度も上がらず、結果として研修の効果も期待できませんよ」とお伝えしています。研修を企画する側の意識は、受講者に伝わります。「意味のない研修には参加したくない」と感じる社員が増えれば、出席率も満足度も下がります。結果として、時間もコストも無駄になってしまうのです。

コンプライアンス研修の本来の目的は、「コンプライアンスに関連するリスクを低減すること」です。

では、コンプライアンス研修を「リスクの低減」につなげるには、どのような内容にすればよいのでしょうか? 効果的なコンプライアンス研修の事例を交えながら、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

方法1:RCSA(リスク・コントロール・アセスメント)を活用する

まず、自社におけるコンプライアンス上のリスクを特定(識別)した資料を用いて、自社の特性を把握し、その上で研修を企画する方法です。

会社法では、「大会社」かつ「取締役会設置会社」に該当する企業に対し、業務の適正を確保するための内部統制体制の整備を義務付けています。この内部統制の一環として、「法令や定款に沿って業務を適正に行うためのコンプライアンス体制の整備」も求められています。

こうした企業では、「RCSA(リスク・コントロール・セルフ・アセスメント)」を実施していることが少なくありません。RCSAを分析することで、自社のコンプライアンスに関するリスクの特性を把握することができます。RCSAを実施していない企業でも、管理職向けのコンプライアンス研修として「簡易版RCSA」に取り組んでいただくことにより、自社のリスクを特定することが可能です。

実際に、従業員数百名規模の生産機械系商社では、管理職と監督職を中心に「簡易版RCSA」を実施し、各部門のコンプライアンスリスクを特定していただきました。その結果をもとに「債権法」「労働基準法」「不正競争防止法」の3つの法令を軸に社内ルールを見直し、顧問弁護士と連携して研修を実施しました。

この方法の特徴は、単なる注意喚起や意識啓発にとどまらず、具体的な対策の検討を含めた研修ができる点にあります。また、「RCSA」という管理職が身につけるべきリスクマネジメントの手法を活用することで、コンプライアンスへの継続的な関心を喚起する効果も期待できます。

注:RCSA(リスク・コントロール・セルフ・アセスメント)とは?
事業を行う各部署が、自ら所管業務のリスクを特定・評価・管理し、必要に応じてリスク低減策を講じるリスク管理手法。

方法2:自社内でのアンケート調査や事例を用いて研修を行う

社内のコンプライアンス意識や組織風土を把握するため、社内アンケートやヒアリング調査を実施し、その結果を研修に活用する方法です。方法1のRCSAが「業務」にフォーカスするのに対し、この方法は「社員の意識」にフォーカスする点が異なります。

これらの調査結果を他社や業界のデータと比較する、あるいは過去の社内調査と比較することで、「自社の良い点」「改善が必要な点」等を明確にし、社員一人ひとりがコンプライアンス意識を高めるために何を意識すべきかを具体化します。

図表1:社員アンケートに基づくコンプライアンスの現状分析(例)

資料:筆者作成

方法3:他社で発生したコンプライアンス上の問題事例を活用する

もう一つの方法は、他社で発生したコンプライアンス上の問題を取り上げ、自社に当てはめて検証するという方法です。

大手企業でコンプライアンス問題が発生すると、多くの場合「調査報告書」がWebサイトで広く公開されます。この報告書を研修に活用します。実際の研修は、以下のような流れで行います。

①問題の概要を解説する

・調査報告書の内容をもとに、問題の経緯や背景を整理し、参加者で共有します。

②問題の発生要因を検討する

・「なぜこのような問題が発生したのか」を参加者全員で議論します。

・調査委員会が収集したヒアリング結果などを紹介し、これをもとに議論を深めます。

③自社への影響を考察する

・同様の問題が自社で発生する可能性を検討し、発生の防止・低減・回避のために取り組むべき事項を考えます。

この方法の特徴は、実際に話題になっている事例を扱うため、社員の関心を引きやすい点です。特に、社会から強い批判を受け、会社存続の危機に直面したケースなどを取り上げることで、「もし同じ問題が自社で発生したら、自分たちにどのような影響があるのか」ということもイメージしやすくなります。

図表2.実際にあった事案の報告書をもとにしたグループワーク

資料:A工業における不正に関する特別調査委員会の中間調査報告書【公表版】より抜粋

方法4:参加者が判断に苦悩するケーススタディを活用する

コンプライアンスの問題には、簡単に答えを出すことが困難なケースが多く存在します。そうした状況を疑似体験させることで、社員の意識を揺さぶる手法があります。

実際の例として、「内部告発すべきか否か」というケースをご紹介します。

これは、1990年代後半に発生した薬害エイズ問題をモデルにした内容であり(図表3)、正論としては「内部告発すべき」なのですが、実際の研修では、多くの受講者が、「黙認するか」「関連省庁に告発し、結果的に会社を倒産に追い込むか」という二択の間で苦悩します。

「もし自分が当事者だったら、どのように行動するべきか?」と深く考えることを通して、こうした深刻な状況に陥らないためには、日常的にコンプライアンスを意識し、適切に対応することが重要であるという気づきを促します。

図表3.内部告発をテーマとしたケーススタディ

資料:筆者作成

方法5:新入社員を対象にコンプライアンス研修を行う

コンプライアンス研修は管理職を中心に実施されることが多いのですが、新入社員を対象にする方が効果的な場合もあります。

ベテラン社員の中には、「昔からやっていることだから」「他社もやっている」といった理由でコンプライアンス上の問題を肯定し、コンプライアンスの重要性を素直に受け入れられなくなっていることがあります。

一方で、新入社員は過去の慣習にとらわれていないため、「やってはいけないこと」「やるべきこと」を素直に受け入れることが可能です。

時間はかかりますが、若手のうちからコンプライアンス意識を醸成することで、「おかしいことにはおかしい」と言える風土が根付き、コンプライアンス意識の高い企業文化へと転換を進めることにつながります。

2.効果的なコンプライアンス研修のために

これまでご紹介したさまざまなコンプライアンス研修をもとに、効果的な研修を実現するために必要な要素を整理してみましょう。

コンプライアンスを「自分ごと化」する

ご紹介しましたコンプライアンス研修の多くに共通しているのは、「自分ごと化」です。

重大なコンプライアンス違反を起こした企業の調査報告書を見ると、「自分たちの業界ではそんなことを言っていられない」と、どこか他人事のように捉えている傾向が見られます。

「機会・動機・正当化の3要素が揃うと不正が発生する」という説があります(ドナルド・R・クレッシーの「不正のトライアングル」)。つまり、どんな人でもこの3つの条件が揃えば不正を行う可能性があることを認識し、その上でコンプライアンスにどう向き合うかを考えることが重要です。

参加者がともに考える

次に、グループで共通の課題に取り組むことが重要です。これにより、参加者は自分自身の考えを整理し、他者と共有することができます。また、他者の意見を聞くことで、自身との考え方の相違点や共通点を見出し、新たな気づきを得ることにつながります。

③ 振り返りと今後の行動を考える

最後に、「これまでを振り返り、これからを考える」ことが重要です。

・現在、自分や組織はコンプライアンスをどの程度意識し、実践しているのか

・自身の業務において、コンプライアンス上の問題が発生するリスクはどの程度あるのか。

・発生させないために、自分は何を意識・行動すべきか。

こうしたことを振り返ることで、今後どのように行動すべきかを考える機会を提供することが、効果的な研修につながります。

今回ご紹介しましたコンプライアンス研修の手法はほんの一例です。これらを参考に上記の3点に留意して「リスク低減」につながる研修に取り組んでください。

多田国際コンサルティング株式会社では、今回ご紹介しましたコンプライアンス研修や管理職を対象とした労務管理研修等を実施しております。お気軽にご相談ください。