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人事制度を再考する①

人事制度を再考する①

コラム

公開日

人事制度を再考する①

多田国際コンサルティング株式会社

フェロー 佐伯克志

 人手不足が一段と深刻になっています。帝国データバンクの調査によると、2025年上期の人手不足を理由とする倒産は202件と、過去最高となりました(人手不足倒産の動向調査(2025年上期))。

 中堅中小企業における人手不足は、10年以上前から徐々に進行していましたが、新型コロナの収束後、急速に表面化しました。さらに、最近の物価高に対応するための賃上げ競争も加わり、多くの企業にとって非常に厳しい状況が続いています。

 先日、人口5万人以下の小都市にある、インフラ整備を事業とする中小企業を訪問する機会がありました。そこでは多くの若い男性社員が活躍しており、採用も比較的順調とのことでした。インフラ整備という事業特性上、労働時間の大半は深夜で、作業エリアも東北地方全域に及びます。真冬の深夜の東北地方といえば、作業環境がどれほど過酷かは想像に難くありません。一般的には、若者が敬遠しがちな職場といえるでしょう。

 一方で、別の不動産会社では、社員の多くが不動産業界や建設業界での経験を持ち、難易度の高い物件への対応で定評を得ていました。この会社では、正社員の8割以上が女性で、その中には子育て中の方も多く活躍されていました。

 こうした企業に共通しているのは、事業戦略や独自のビジネスモデルと、人事制度・企業文化が無理なく噛み合っているという点です。

 人事制度の目的は、「経営戦略の実現に資する人材を確保し、活かすこと」にあります。しかし現実には、「新卒採用の強化」「最低賃金の上昇への対応」「物価高に対応するための賃上げ」といった、目の前の課題への対応に追われるあまり、結果として制度全体の整合性が崩れてしまっている企業も少なくありません。

 そこで数回に渡り、「人事制度」について皆さんと一緒に再考していきたいと思います。

1.まず何から始めるか

 仮に、皆さんが人事部門の責任者という立場で、経営陣から「人事制度を見直すように」と指示されたら、まず何から着手されるでしょうか。

 最近の人事制度のトレンドを調べる、経営陣にヒアリングを行う、あるいは他社事例や既存の制度ツールを導入する――こうした選択肢が思い浮かぶかもしれません。

 もちろん、これらはいずれも無意味ではありません。ただ、忘れてはならないのは、人事制度は「経営戦略を支えるための仕組み」であるという点です。多くの企業が目指す「差別化戦略」を実現するためには、人事制度についても、自社の実情や方向性に合った形を丁寧に考えていく必要があるのではないでしょうか。

2.自社の現状を確認する

 人事制度の見直しにあたっては、まず自社の現状を冷静に整理することが欠かせません。人的資源、人事制度、そして(特に生産性に関わる)財務の状況を、順に確認していきます。

(1)人的資源に関する現状

 まず社員の年齢や性別といった構成について部門や職種、拠点ごとに分析することはもちろん、過去5年間程度の採用や離職の状況について整理します。

 これ以外にも、資格取得の状況、ストレスチェックの分析結果やハラスメントなどの相談件数、エンゲージメントサーベイといった人事部門が把握している数値情報も、社員の特性や企業文化を確認する上で重要な情報となります。

 こうした情報をもとに、現在の自社の傾向(強み、弱み(問題点))およびそれらの理由等について確認していきます。

図表1.人的資源に関する分析項目の例

分析手法集計方法(中分類)集計方法(細分類)
人員構成分析年齢別・性別人員構成雇用形態別 部門別、拠点別、職種別
勤続年数別・性別人員構成雇用形態別 部門別、拠点別、職種別
採用過去3年間程度の採用実績学歴別、新卒OR中途 等
離職過去3年間程度の離職傾向年齢別、部門別、職種別、拠点別 離職理由別
 入社3年以内離職率部門別、最終学歴別
資格取得資格別取得社員数  部門別、職種別、拠点別
管理職比率管理職・監督職・役員比率  年齢別、性別
心身の健康ストレスチェック年齢別・性別、部門別、職種別  
健康保険組合によるデータ分析年齢別・性別、部門別、職種別
労働時間月間及び年間労働時間部門別、役職別、職種別等
休暇取得有給休暇の取得状況年齢別・性別、部門別、職種別

(2)人事労務に関する制度の現状

人事労務に関する自社の制度についても概括しておきます。どのようなルールが整備されているのか、それらは遵守すべき法令に準拠しているのか、現状の制度にどのような問題があるのかといった点を確認しておきます。


 特に、現状の人事制度(等級制度、評価制度、賃金制度)が、どのような考え方や方針に基づいているのかを確認することが重要です。さらに、制度運用の結果として、どのような給与分布になっているのかについても把握しておきましょう。


 給与の分析にあたっては、社内での年齢や部門による分布はもちろん、業界や地域での水準、標準生計費(その地域において生活に必要な費用)といった観点での検討も必要です。最近は転職が日常的に行われるようになっていることから、これまで以上に、業界や社員の転職可能性が高い業界の賃金水準との比較が重要になっています。

 人事評価の状況を数値で確認しておくことも重要です。具体的には、過去3〜5年程度の期間における総合評価の分布や、人事評価項目ごとの分布について、等級や拠点別に分析し、傾向を把握します。
 上記のように過去の数値を分析するだけではなく、人員構成や総額人件費については将来の推移についても推計しておく必要があります。

 これらの数値分析の結果をもとに、社員からの要望や意見といった定性的な情報も踏まえて、現在の人事制度における問題点を特定します。

図表2.人事労務に関連する制度に関する分析項目の例

名称対象ポイント
法令遵守就業規則等(労働条件、賃金、労働時間等)に関連した規程の整備及び運用状況ルールベースでの関係法令の遵守状況。 ルールと運用の乖離の有無と程度。
人事関連制度等級制度、賃金制度、評価制度に関する規程類及び帳票類制度の目的、特徴。 ルールと運用の乖離の有無と程度。
人事評価過去3年程度の人事評価の結果(個別評価、総合評価)部門別、等級別等での傾向。    

(3)財務に関する現状

 労働集約的な産業ほど、総額人件費の収益に対する影響は大きくなります。そこで、労働分配率をはじめとした生産性に関する指標を用いて、過去3〜5年程度の財務の変化を分析します。

 労働分配率が高く、かつ労働生産性に関する指標も高い場合には、総額人件費を抑制する方向で人事制度を検討する必要があります。反対に、労働分配率が比較的低い場合は、全体の給与水準を高めるような人事制度の改定も可能となります。

 また、売上や利益の変動が大きく、それに伴って労働分配率が変動する場合には、人事制度の見直しにおいて、総額人件費の柔軟性を確保することも検討すべきでしょう。

 中長期の経営戦略を踏まえ、こうした財務分析を行う必要があります。今後の事業成長において収益性を高めることが難しい場合には、やはり総額人件費を抑制する人事制度を検討する必要があります。

図表3.財務・生産性分析

対象ポイント
売上総利益(率)売上総利益÷売上高
営業利益(率)営業利益÷売上高
経常利益(率)経常利益÷売上高
付加価値額※比較対象とする統計の集計方法に準じる
総額人件費給与・賞与、福利厚生費、退職金等の合計
労働分配率総額人件費÷付加価値額
一人当たり売上高売上高÷社員数
一人当たり付加価値額付加価値額÷社員数
一人当たり人件費総額人件費÷社員数
労働生産性(対人件費)付加価値額÷総額人件費

(4)経営陣の人事制度に対する考えを確認する

 人事制度に対する経営陣の考えや意見についても確認しておく必要があります。「社長はどのような人事制度を望んでいるのか」「経営陣は何を重視して給与を決めたいと考えているのか」「現行の人事制度にどのような不満を持っているのか」といった点です。

 具体的なイメージがあれば、それを意識しながら新たな制度を検討する必要がありますし、経営陣の考えが自社の実態とかけ離れている場合には、人事制度に関する勉強会を開催するなどにより、基本的な考え方を共有しておくことも重要になります。

 こうした検討を経て、既存の人事制度に加え、採用・育成・活用といった幅広い観点から取り組むべき課題を整理し、人事制度見直しの対象とする課題を特定します。

(5)中長期の経営戦略の実現に必要な人材を検討する

 以上のように現状を整理した上で、中長期の事業計画等をもとに、経営戦略の実現に必要な人材について検討します。

 具体的には、経営戦略上の重要な取り組みごとに、それを実現するために必要な人材を整理する方法があります(資料4)。あるいは、主要な事業ごとにビジネスモデルキャンバスを作成し、自社のビジネスにおいて人的資源として必要な要素を具体化する方法もあります。

※「ビジネスモデルキャンバス」とは、レックス・オスターワルダーらが考案した、ビジネスモデルを9つの要素に分解して1枚のシートに可視化するフレームワークのこと。

図表4.中長期の事業計画の実現に必要な人的資源

3.人事制度の見直しに関する方針の決定

 以上の現状分析を踏まえ、今後の経営戦略の実現に必要な人事制度見直しの方針を決定します。

(1)人材活用方針の決定

 「どのような人材に、どのように活躍してもらうのか」を、ビジネスの機能図等を用いて整理したものを「人材活用方針」といいます。人材活用方針のまとめ方は、企業規模や事業内容等により異なります。

 図表5は、ある小売業の人材活用方針です。この会社では、店舗のオペレーションは有期雇用者、物流は嘱託(契約社員)、管理や調達は正社員というように、雇用形態別に役割を定義しています。これまで多くの企業で「人材活用方針」の作成をご支援してきましたが、同じものは一つもありませんでした。

 この事例は雇用形態別の整理を行っていますが、同一の雇用形態(例えば正社員)の中でも、職種や役職に応じて活用の違いを整理します。

                                                                                                                                                                                                                          

図表5.人材活用方針(例)

(2)人事制度の設計方針

 人材活用方針が明確になったら、現状分析や経営戦略の実現に必要な人的資源、人事制度に対する経営者の考え等をもとに、どのような人事制度を目指すのかという設計方針を明確にします。

 設計方針は会社によって異なります。例えば、「年齢や勤続年数に関係なく、期待される役割や貢献に応じて処遇する」「社員の成長や学びを重視し、実践する社員を支援する」「社員が安心して家族を養育し、働くことができる環境を整える」「社員の多様なライフスタイルや考え方に対応する」「発揮した成果に報いる」といったことです。設計方針には、人事制度全体に関わるものもあれば、等級制度、賃金制度、評価制度といった個別制度に関する方針もあります。

 以上のように、人材活用方針および制度設計の方針を明確にできたら、いよいよ人事制度の設計に入ります。次回は、人事制度の設計について、皆さんと一緒に再考していきます。

最後に

 多田国際コンサルティング株式会社では、労務に関する知識をベースに、各社の状況に最適な人事制度の設計および運用をご支援しております。お気軽にご相談ください。