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最低賃金の基礎知識

最低賃金の基礎知識

コラム

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最低賃金の基礎知識

多田国際コンサルティング株式会社

コンサルタント(元労働基準監督官) 梛木拓弥

 多くの都道府県において、毎年10月1日付で、最低賃金額の改定が実施されます。近年、引き上げ額が大きく上昇しており、注目されているテーマでもありますので、最低賃金の基礎知識について、改めて整理しました。

1. 最低賃金制度とは

 最低賃金制度とは、「最低賃金法(以下「最賃法」という。)に基づき、賃金の最低額を定め、会社は、その最低額以上の賃金を支払わなければならない。」とする制度です。最賃法の目的は、「賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与すること(最賃法第1条)」であるとされています。

 簡単に言えば、「最低額の時給を保証する制度」です。

2. 最低賃金の種類

(1)地域別最低賃金

 各都道府県に1つずつ定められる最低賃金です(最賃法第9条)。産業にかかわらず、すべての従業員に適用されます。

(2)特定(産業別)最低賃金

 特定の産業について定められる最低賃金です。(最賃法第15条)「地域別最低賃金」より、金額の高い最低賃金を定めることが必要と認められる産業について定められます。厚生労働省によりますと、令和7年3月末時点において、各都道府県労働局及び全国において設定されている特定最低賃金の適用労働者数は、約296万人とされています。

 なお、地域別最低賃金と特定(産業別)最低賃金の両方が適用される場合、高い方の最低賃金を支払う必要があります。(最賃法第6条)

3. 最低賃金の計算方法

(1)時給の場合

「時給」との比較

(2)日給の場合

「日給÷1日の所定労働時間」との比較

(3)月給の場合

「月給÷1箇月平均所定労働時間」との比較

 なお、下記の賃金は、算入しないものとされております(①)。また、割増賃金の基礎となる賃金においても、算入しない賃金が定められております(②)が、賃金の項目が異なっているため、注意が必要です。

①最低賃金の計算に算入しない賃金

1.臨時に支払われる賃金(結婚手当等)

2.1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等)

3.所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金(時間外割増賃金等)

4.所定労働日以外の日の労働に対して支払われる賃金(休日割増賃金等)

5.午後10時から午前5時までの間の労働に対して支払われる賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分(深夜割増賃金等)

6.精皆勤手当

7.通勤手当

8.家族手当

②割増賃金の計算の基礎に算入しない賃金

1.家族手当

2.通勤手当

3.別居手当

4.子女教育手当

5.住宅手当

6.臨時に支払われた賃金

7.1か月を超える期間ごとに支払われる賃金

4. 違反した場合の懸念点

(1)差額支払い

 「使用者は、最低賃金の適用を受ける労働者に対し、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならない。(最賃法第4条)」とされているため、最低賃金額以上の賃金を支払っていない場合、差額の支払いが必要となります。

 ここで、注意いただきたい点として、「未払いの期間」「未払いの従業員の範囲」があります。

 「未払いの期間」について、賃金の請求権の時効は、行使することができる時から5年(当分の間3年)とされています。(労働基準法第115条、143条)これは、もし、最低賃金未満の支払いしかしていなかった場合、3年分は「隠れた債務」として、残り続けるということです。

 「未払いの従業員の範囲」について、「何らかの事情によって、特定の一人の従業員だけが、最低賃金を下回っていた」というケースよりも、「最低賃金を意識しておらず、全従業員が最低賃金を下回っていた。」ケースが一般的であると考えられます。

 ここ数年、最低賃金の額が大幅に上昇しているため、「未払いの期間」や「未払いの従業員の範囲」によっては、未払いとなっている賃金の総額が大きくなっているケースが考えられますので、注意が必要です。

(2)送検等

 最賃法において、「第4条第1項の規定に違反した者(地域別最低賃金及び船員に適用される特定最低賃金に係るものに限る。)は、50万円以下の罰金に処する。」と規定されております。(最賃法第40条)

 つまり、地域別最低賃金額以上の賃金を支払わなかった場合、刑事罰の対象となる可能性があります。厚生労働省が公表している「労働基準関係法令違反に係る公表事案(令和6年7月1日~令和7年6月30日公表分)」においても、違反法条を「最低賃金法第4条」とするものが確認できます。

 このような形で会社名が公表されてしまうと、自社への応募を検討している求職者の目に触れる可能性があります。求職者がこれを見て、「職場環境に問題がある会社なのではないか。」と考え、会社に対して、ネガティブなイメージを持つかもしれません。

 人材不足が深刻な昨今において、差額の支払いはもちろんのこと、採用活動にとっても、見逃せないリスクと言えそうです。

5. 実務上、ご留意いただきたい点

(1)最低賃金と賃金の締め支払い

 最低賃金の改定は、多くの都道府県で、10月1日付で実施されます。ここで、ご注意いただきたい点として「賃金の締め支払い」との関係があります。

 例えば、月末締めの翌月20日払いの事業場の場合、10月1日~10月31日までの期間で、給与計算を行うため、特に問題は生じません。

 一方で、例えば、20日締めの翌月20日払いの事業場の場合、9月21日~10月20日までの期間について、給与計算を行うこととなります。この場合、9月21日~9月30日までは、改定前の最低賃金で、10月1日~10月20日までは、改定後の最低賃金で計算する必要があります。(9月21日~の実労働分から、改定後の最低賃金で計算することも、もちろん可能です。)

 この点について、「10月21日~の実労働の分から、改定後の最低賃金で計算しよう!」と考えて、実際にそのように給与計算をすると、最賃法第4条(最低賃金の効力)違反となりますので、ご注意ください。

 毎年8月下旬~9月上旬頃に、最低賃金の動向を確認し、何月何日付で改定されるか、事前に情報収集しておくと、余裕を持った対応が可能になります。

(2)最低賃金と派遣労働者

 派遣労働者については、派遣元ではなく、派遣先の最低賃金が適用されます。(最賃法第13条)

6. 終わりに

 多田国際コンサルティング株式会社では、最低賃金に関することのみならず、人事制度や規程作成、給与制度構築、日常のご相談などのサポートをしています。ぜひお気軽にご相談ください。